出光コレクションの中から
茶道具、煎茶具、またこれらに関連する書画・工芸の優品、約120件を一堂に
喫茶を通してどのように育まれてきたかを用の美からふり返りつつ、個性豊かな日本美術の特質を探る展覧会。
茶 Tea ―喫茶のたのしみ―
竹田(ちくでん)先生の肖像画がとっても素敵♪
そして最後の『廬仝茶歌』の句も内容はあいまいだったけど
お茶がとりもつゆとりの時間に感謝というか
大切だよなと改めてかんじた展覧会でした。

東京の出光美術館は今日がはじめてで
休憩所の景色の見晴らしもも素晴らしくて
9階というそこまで高くないビルなのに
それ以上に高く感じられて和みました。
茶道具は難しいですが
室町・桃山・戦国と
名だたる武将や権力者を渡り歩いて
今日までその価値をそのまま受け継いでるという
その素晴らしさは計り知れないものがあります。

それだけ美しく・愛でるもの

最近茶道教室に通っているっぽい親子づれが
これは薄茶用?濃茶用?
教室ではあーでこーでと話していて
用途を考える前に目の前にある「美」を見ようよ!と心の中で叫ぶ。

井戸茶碗や天目茶碗
銘がついている重要美術品がたくさん出品されていて
その中には古芦屋の釜もあってかなり貴重なコレクションであると伺えました。

その中で
黄天目茶碗 銘 獅子 が素晴らしかった。
茶碗の形でははどうも天目が好きなよう。
だんだんと自分の好みもわかってくると茶道具も楽しいかも。

ただ、せっかくこれだけ銘がある茶碗がそろっているのだから
箱も見せてよ・・・と思った。
どんな箱に入ってるんでしょうかね?

あと全体的に思ったことは解説がかなり難しかった。
その点、根津美術館はもっとわかりやすかったように思う。

今年は藤田美術館・根津美術館と個人のコレクションを観る機会が続いているのも不思議。
そういう時期なのでしょうか・・・。

出光美術館次回の展示は
日本の美・発見IV 屏風の世界 ―その変遷と展開―

これも気になるところです。

あー
屏風で思い出しました!
今回展示されていた『調度図屏風』
これまた綺麗でした。

最後に廬仝茶歌
検索してひっぱっておきます。

一椀にして喉吻(こうふん)潤(うるお)い、
二椀にして孤悶(こもん)を破る。
三椀にして枯腸(こちょう)を捜(さぐ)れに、
唯(た)だ文字五千巻有るのみ。
四椀にして軽汗(けいかん)を発し、
平生(へいぜい)不平の事、
尽く毛孔(もうこう)に向って散ず。
五椀にして肌骨(きこつ)清く、
六椀にして仙霊(せんれい)に通ず。
七椀にして喫するを得ず、
唯覚ゆ両腋(りょうえき)に習習として清風の生ずるを。
蓬莱山は何れの処にか在る。
玉川子
此の清風に乗りて帰り去らんと欲す。

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一椀目の茶を喫するとのどや唇がうるおい、
二椀目ではひとりさびしい愁いがなくなる。
三椀目を喫して枯れてしぼんだ心をさぐってみると、
五千巻の文章が胸中にあるばかりで、何の邪心もない。
四椀目で軽く汗がでると、
平生の不平は毛孔から飛散してしまう。
五椀目では肌も骨も清らかになり、
六椀目の茶を喫すると仙人や神霊に達したように感じる。
七椀目はもはや喫することもない。
ただ両脇に習習と羽の音がして、清風が生ずるのを感じるのみである。(両脇に羽が生えて仙人になったようだ。)
仙人のいる蓬莱山はどこにあるのだろうか。
玉川子=私は
この清風に乗って、その神山に帰って行きたいと思う。

※こちらのサイトからそのまま引用しております。